お客は商品を見ていない

降格となり、カリスマ店長のお店に一応これからお世話になりますと挨拶に行った日。髭ぼうぼうで全くやる気のなさそうな私を見て、ちょっとミーティングしようかと店長。

本社から言われていることや、今後の方針についての話をしている中で、出てきた何気ない一言が、

”お客さんってお店で買うとき商品を見ていないんだよね。”

この一言を最初聞いたとき思ったことは、”ハァ、このオヤジ何を言ってやがる”である。それまで、お客は商品をよく見て、よく吟味してから買うものと思い込んでいた私には全く訳のわからない発言でしかなかった。

しかし、その後カリス目店長の下で働き始め、お客様の購買する様子を観察していると「よく見ていない」という言葉の意味が正しいことがよく理解でき、自分がいかに間違った売り方をしてきたかが良くわかった。

例えば、”きゃ、これかわいい〜”と目をキラキラさせながらこども服を手に取ったお母さん。次の瞬間顔の表情が消え、色々と思案をし始める。おそらくは”これと似た服なかったかしら”とか”買ってもお金大丈夫かしら”とか検討をされているのだろう。そして頭の中の検討の結果、OKとなったのならその子供服はカゴの中に入るし、そうでなければ棚に戻される。

スーパーで買い物をしている時、腰の曲がったおばあさんが鶏肉のパックを手に取り買い物カゴに入れかけたがそこで手が止まり、その後鶏肉は陳列棚とカゴの間をしばらく行ったり来たりしているのを見かけた。

普段私たちは直感と理性の二つを使って意思決定をしている。買い物をする場合は、商品を見て”これいいわね”と思わず手に取る瞬間までは直感が働きで、その後理性が色々と検討し買うか買わないかを決定している。

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商品を「よく見る」のは理性が働いてから。直感的に判断しているときは、パッと見て反応しているだけなので、商品のことは「よく見ていない」。

また多くの場合、直感はその人の欲求や感情の影響を受けるのでアクセルとして機能し、理性は失敗を避けるため色々と検討するのでブレーキの役割をしている。心の中のアクセルを踏ませ、ブレーキを解除しないとお客は商品を買ってくれない。

私の間違いは、直感に働きかけ、心の中のアクセルを強く踏ませることをやってこなかったことにあった。

商品によっては、理性によるブレーキが強く働くものがある。保険や家電商品など比較的高い商品などがそうである。またBtoBマーケティングの現場もそうである。なぜならお客の心の中では失敗に対する強い恐怖心が働いているから。高いお金を出してもし、気に入らない商品を買ってしまったらどうしよう。下手な取引をして自分の評価が下がったらどうしようと考えるからだ。

したがって、これらの商品を売る場合は、お客の理性を納得させるというセールストークがメインにはなるだろうが、最初にアクセルを踏ませることができていれば、お客の反応は変わってくるだろう。アクセルの存在に気がついたのは小売業で働いていたサラリーマン時代だったが、独立後、生産財の販路開拓の支援をしていてもアクセルの重要性は変わらない。

人間を含むすべての動物は快の獲得と不快の回避が基本原則である。生きていく上で都合の良いものを獲得し、そうでないものは排除しようとする。パッと見た瞬間に”これ良さそう”とイメージできれば、心の中のアクセルは踏まれる。

相談に来られる方の中には、最初から商品の詳細な機能についての説明をする人がいる。詳細な機能の説明は理性を納得させるために行われるものなので、買い手の心のアクセルはほとんど反応していない。

BtoCであれBtoBであれ、最初にするのは、”これ良さそう”とイメージさせることである。

Con(共に)+Sult(座る)+Ant(者)・中小企業診断士・ビジネスコーチ

1968年生。同志社大学商学部卒。得意分野は売上向上策と人を育てる技術(相手を買う気・やる気にさせる仕掛けづくり)。 将来起業することを目指し大手流通業に就職。店長として店舗レイアウトや店内販促物の作成、コーチングを使ったスタッフ教育で評価を得ていた。 ビジネスコーチ・流通系コンサルタントとして独立。小売店や飲食店の売上向上策について支援を行う。一方公的支援機関にて販路開拓や創業・事業承継の支援に携わる。なお、コンテンツには個人的な見解や意見が入っています。あくまで参考としてお読みください。